To be my Grace - XV
クレオパトラがプトレマイオス12世、彼女の父である王の死を目の当たりにして、王の標章を受け取る場面の、本番中だった。
クレオパトラのいるその王の寝室は、ブルーバックではなかった。
唯一と言っていいほど、CGが背景に入らないシーンで、違うのは・・・
王の役者が居ない事。
王が息を引き取る場面のそのベッドの上は、シーツが人が入っている様に中にワイヤーで空間が出来ている。その寝室のセットは・・・起源前50年ごろのエジプトの神殿のまま。
王が寝ていると思われるその寝台に向って、一人で京子が演技をしていた。
ホログラムチェック終わりました。入りまーす。
よーい・・・ カチッ
______ クリノンや・・・ そなたに、これを・・・
ホログラムで入る王がその寝台には居ないけれど、声だけは京子のキューに成る様に聞こえていた。この先は、クレオパトラだけの演技と台詞のみ。
「 ひっく、ひっく・・・」
寝台に跪き両手を震わせながら、すすり泣くクレオパトラ。
その手の中には、今 まだ王がしていたばかりの黄金のアスプ、王としての標章を受け取っている。
クレオパトラの髪に風が当たり、ふわっと浮くと長く金色のビーズが編み込まれた髪がキラキラと上から下に向って流れる様に光を順番に瞬かせている。
それと共に王が居るんだろなと思わせていたシーツの膨らみも風でペタンコに成った。
「 うわぁぁ~~! 王様・・お父上さま・・・ 」
クレオパトラはありったけの声を出して叫ぶと、ぐっと涙を堪えて両手で王の標章を握り締め立ち上がった。
その頬は涙の痕を、窓の外に映る満月の灯りに浮かべて、その窓際に歩み寄ると
満月を見ながら手の平で力強く涙の痕を掻き消す様に、一度だけ拭い取った。
「 タクハエト。 こなたは私の乳母。そのまま、どうか・・・
このアレキサンドリアの王女の側近として、勤めますまいか。 」
クレオパトラは悲しみを糧に、王としての威厳をも受け継いだ。
_____ カット・・・
京子さん。モニターチェック~。その後待機で~す。
はぁい。と言いながら伸びをして、あくびを殺しているのが分る。
眠いんだろな。とは思うけれどお仕事中。待機の合間に少し昼寝をしたら?と思って社さんを呼び自分の椅子を持って来てもらった。
モニターの中には、ホログラムの王が写りの悪い昔の白黒テレビの様に、ザーザーっと横線が入って映ったり消えたりしている。
王が息を引き取った!と、思ったのはテレビのスイッチを消した様に、王のホログラムがピッと横線一本に成って、中心に光が集まって消えたからだった。
クレオパトラの髪にふわっと風を当てていた部分は、ホログラムの王の手が髪を撫でているところだった。
・・・勤めますまいか。そう言ったクレオパトラは月の影になり、手の中の王の標章は月の明りと同化して、振り返った金のビーズが輝く黒髪も、月の中に瞬く星の様で、思わず・・・
ほ~ぉ~っと、貴島と3人で声を揃えて言ってしまった。
_____ 京子さんOKです。待機でよろしく。
ホログラム合成技師のPC前に居て、少し離れた所にいる監督が声を掛けたので
「 最上さん、お疲れ。 」
そう言って、社さんが居るRen Tsuruga と名前が入っている自分のディレクターズ・チェアを親指で指差すと、あ~、お借りしまぁす・・・。ともう、寝てしまいそうなキョーコがそちらに向って行った。
「 ・・・ねぇ、なんで、敦賀君の? 」
下からちょっと低っく~い声で貴島が言うけれど、本当の理由は、まだ言えない。
なので・・・
「 Kyokoの椅子。壊れちゃったみたい。 」
とまぁ、なんとなく当たり障りの無いような事を言っておいた。
でも、本当の理由・・・
見たら直ぐ分る。
一度前に京子の椅子が壊れた時、俺の椅子に座ったら、心地よくて寝てしまってから座らせる様にした。
背の高い俺のサイズの大きめの椅子は、もちろん座っても安全金具が付いてるし、なにせ長年自分が座っていた物。座る部分は柔らかく成ってKyokoの新しいのより座りやすいのは当たり前。それに肘掛けが高いので、キョーコは肘掛けに頭を乗せるのに丁度いいと言って、いつの間にか寝ていたのが始まりだった。
「 でもさ・・・敦賀君の椅子。いつも、かっこいいな~って思ってたんだよね。 」
ガンメタリック・シルバーの金属と、黒皮のさ・・・あれ、どこで作った?と聞かれたので、もちろん答えてあげる。
「 あれ、アルマンディ。アールがデザインしてくれた。 」
んだよ~。じゃ、モデルじゃなきゃ作って貰えないじゃん。だよな~、だからサイズもピッタシか。なるほどな~と、ブツクサ言っている貴島の背中を押しながら、キョーコをちらっと見るとウトウトしていたので、貴島に見せない様に肩を組んでセットに無理無理引っ張って行った。
.